前福島県医師会副会長
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プロフィール

2度の震災で医療現場に立つ
趣味のウクレレ演奏。朝晩の練習は欠かしません。

福島県郡山市出身。小学校の頃、管弦楽合奏団に所属してトロンボーンを吹いていました。中学校に進学後は、フォークソングの全盛時代。ギター演奏に没頭し、今でもウクレレの演奏が得意で、人前で披露する腕前です。一方で、アマチュア無線部を設立して初代部長になり、高校時代はフォークソング同好会を立ち上げ、こちらでも初代会長になりました。

運動があまり得意ではなかったですが、高校時代はバレーボール部に所属。大学進学後はアメリカンフットボールに挑戦しました。郡山から東京の東邦大学医学部に進学しましたが、大学2年時に原因不明の発熱に見舞われ入院。アメリカンフットボールでも首を強打して、大けがをして闘病生活を経験し、こうした体験が、自分の生活や将来を考える機会となりました。
大学卒業後は厚生省の医系技官になりました。平成7年には阪神・淡路大震災で現地対策班に参加。混乱する現場で医療関係者の活躍に共感しましたが、現地と霞が関・永田町との温度差、意識の違いを感じました。
こうした意識の違いは、平成23年の東日本大震災でも如実に表れました。厚生労働省を退職し、郡山で病院を経営していましたが、震災発生後、県医師会の役員として地域の小児医療立て直しに奔走するも、医療と政治をつなぐ存在が必要だと痛感しました。

自分のことより、地域のこと
看護学校の卒業式。多くの卒業生を医療現場へ送り出してきました。

県医師会副会長として、地域医療の充実に取り組んできましたが、最大の転機は新型コロナウイルス感染症の拡大でした。コロナ対策に明け暮れ、議会や行政、大学関係者とのやり取りの中で、住民のことを考えた政策を実現するため、『政治』が大切だと再認識しました。
「自分のためより地域のため」をモットーにして、これまで病院や看護学校などを経営し、常に心掛けてきたのは「オラが病院」と地域の方々から頼りにされる存在であることでした。

震災と原子力災害に傷ついたふるさと『福島県』を私は心から愛しています。「自分のことより、地域のこと。そのために何が出来るか」――自問自答を繰り返し、 その復興のために自分がすべきことに全力を注ぎたいと考えています。
地域医療の確保と充実は最重要ですが、地域を守るためには人口減少という課題を解決しなくてはなりません。地域で子どもたちが伸び伸びと育つ環境を実現したいです。私は病院のほかに6つの保育園も経営しており、保育の現場にも精通しています。医療、福祉、子育てといった地域の課題を解決する即戦力です。
福島県民の誰からも頼りにされることを目指し、戦いに挑みます。

1964年(昭和39年)3月18日 郡山市生まれ 金透小、郡山二中、安積高校卒業
1989年3月 東邦大学医学部卒業
1989年4月 医系技官として旧厚生省に入省、 秋田県保健福祉部技術吏員に
1992年 労働省労働基準局安全衛生部化学物質調査課係長を拝命
1996年 ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員 として約1年間、米国留学
1998年 財団法人星総合病院副理事長
1999年 ポラリス保健看護学院学院長
2000年 日本医師会常任理事(2004年3月まで)
2001年 東邦大学医学部客員教授
2002年 日本看護学校協議会常任理事
2005年 福島県医師会常任理事
2006年 郡山医師会理事(2015年3月まで)
2008年 福島県立医科大学臨床准教授
2008年 財団法人星総合病院理事長
2011年3月 福島県「県民健康管理調査」検討委員
2012年 公益財団法人星総合病院理事長
2013年6月 福島県「県民健康調査」検討委員会座長
2015年 福島県医師会副会長
2017年 日本看護学校協議会副会長
2020年 福島県立医科大学臨床教授